2016年3月21日月曜日

ヴァイオリンソナタ第3番 op.108

ヴァイオリンソナタ第2番op.100 (過去記事はこちら) が作曲されたのと同じ1886年の夏にブラームスが避暑地トゥーンに滞在している折に, 第2番と並んでこのニ短調のヴァイオリンソナタも着手された. このように同時期に対比的な作品を作曲することはブラームスにはよくみられる. ピアノ四重奏曲第1番op.25と第2番op.26, 大学祝典序曲op.80と悲劇的序曲op.81は明暗という内容を持つ双子曲であるし, ヴァイオリン協奏曲op.77とヴァイオリンソナタ第1番op.78は大編成と小編成 (あるいは, 大人数の聴衆か, 親しい友人との内輪を想定するか) という意味で良い対比をなす. ただし, このソナタ第3番の作曲は第2番より大幅に遅れ, 第2番がその夏に完成したのに対して, 第3番は終始線を引くことが1888年のトゥーン滞在まで持ち越された. 4楽章構成であるが, どの楽章も小ぶりで, 演奏時間は全体で20分ほどである.

第1楽章 Allegro
ニ短調, 2/2拍子, ソナタ形式.
この楽章については, 短い展開部の間ずっとA音が, そしてコーダの間は (一部例外があるものの) D音が保持されるという特徴をまず指摘しなければならない. これは, 曲全体を大きく俯瞰したときにドミナント→トニカというカデンツを取っていることを意味する. これはまさに展開部, コーダが果たすべき機能そのものであり, これをブラームスはオルゲルプンクト (保続低音) という手法によって具体化した訳である (より詳しい説明は池辺「ブラームスの音符たち」参照). この意味でこの曲は古典的な形式感に基づいて作曲されているのであるが, しかしブラームスはさらにそこに一捻り加えている. 主和音に戻るべき再現部冒頭 (130小節) は展開部を引きずってニ短調ドミナントのままであるのだ. この事により聴衆が再現部と気づくのが一瞬遅れることになる. しかもこの効果を持たせるために, 冒頭で第1主題が提示される際にはその和声構造が明瞭にはわからないように「仕込み」がしてある. 楽譜の隅々まで徹底的に作りこまれた作品であると言えよう.

第2楽章 Adagio
ニ長調, 3/8拍子, 二部形式.
A-A'という二部形式を取る上に, 扱われる素材も冒頭の第1小節で提示されるものに尽きるという簡素さの極みのような楽章である. それでも, 一流の動機や和声の操作により, 単調さとは程遠い, 全く飽きさせない音楽に仕上がっている. 柔らかなG線の響きが巧みに生かされた, 心が穏やかになるような緩徐楽章である.

第3楽章 Un poco presto e con sentimento
嬰ヘ短調, 2/4拍子, 三部形式(?).
スケルツォ風の短い楽章. カプリッチョop.76-2に似たアイロニックな音楽である. かなり繊細なつくりであり, オイゲーニエ・シューマン (シューマン夫妻の娘) の回想録には, ブラームスがこの楽章を「卵の上を爪先立ちで歩」くように演奏するシーンが登場する.

第4楽章 Presto agitato
ニ短調, 6/8拍子, ロンド・ソナタ形式.
強烈なドミナント和音で開始される, 情熱的なロンド主題による作品. ただし全体的な構成はソナタ形式をもとにしており, ロンド・ソナタ形式と呼称される. 特に第2主題がそうだが, リズム, 拍子に対するブラームスの柔軟な考え方が目立つ (初めて聴く場合, 馴染めないかもしれない). 主和音の回避という手法も駆使されており, ニ短調トニカの強奏はコーダの311小節まで持ち越される. これにより, 意識的であれ無意識的であれ, 聴衆はこの曲が締め括られることを感じ取るのである.


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