2016年3月11日金曜日

ブラ3の楽譜, 特に編曲版の出版について

ブラームスの交響曲第3番op.90について, その成立過程ははっきりしていない. わかっているのは, 1883年の夏にヴィースバーデンで作曲され, 9月末までには完成したということだけである. 自筆スコアはIMSLPにアップロードされており, 簡単に見ることができる. その表紙にハンス・フォン・ビューローへの献辞がブラームスの直筆で書きこまれているが, これはビューローの60歳の誕生日プレゼントとしてブラームスがこの自筆譜を贈ったためである.
初演は1883年12月2日(日)にウィーンでハンス・リヒター指揮のWPhによって行われた.その後, 1884年の1月から4月にかけてドイツ・オランダでの演奏旅行でブラームスは本作を演奏して回り,自作の普及に努めると同時に, 細かな改訂を施した. 完成稿は4月2日のブダペストでの演奏の後にジムロックに送られ,5月に出版された (スコアはN. Simrock, 1884. Plate 8454; パート譜はPlate 8455).  
興味深いのは, 管弦楽版スコアを書き上げた1883年9月末の時点で, 2台ピアノ版編曲譜も完成していることである.どちらが先に完成したのかは不明であるが, ほぼ同時に作成されたのであろう.そして, 一層興味深いのが, この2台ピアノ版編曲譜は,ブラームスが演奏旅行をしている最中の1884年3月末または4月初めにジムロックから出版されたことである(N. Simrock, 1884. Plate 8387). これは自筆譜, ジムロック版ともにIMSLPで閲覧できる. この出版日は, ブラームスが管弦楽版の完成稿を決めるより前である.
このスケジュールからわかるように, スコア, 2台ピアノ版双方ともがかなり急いで出版されている (本稿ではその理由については置いておく, 機会があればまた). その結果, ジムロックの楽譜には多数の誤植が含まれることになり, 正誤表を出す必要が生じたのである. 誤植を洗い出す作業には, ジムロック社の編集者ロベルト・ケラーが当たった. ケラーは7月半ばにブラームスに誤植のリストを送り, それをジムロックは9月に出版している.
さて, ブラームスは9月の終わりにケラーからブラ3の連弾版, そして2台8手版を受け取っている. この事実から察するに, ケラーは誤植を探すに当たり, この作品をピアノで演奏可能な譜面へと書き直しながら, ないしはそれを想定しながら作業したのであろう. このケラー編曲譜はブラームスが校閲, 改訂した後に, この年の12月にSimrockから出版された. 2台8手版 (N. Simrock, 1884. Plate 8472) はIMSLPに上がっているが, 連弾版 (N. Simrock, 1884. Plate 8466) は上がっていない.IMSLPで閲覧できる連弾版は, 後にSchirmerやPetersが再出版したものである. Peters版 (n.d.(ca.1900). Plate 8901) からはケラーの名前が落ちているが,Schirmer版 (1893. Plate 10741) そしてSimrock版に明記されている通り, これはケラーによる編曲譜である. ただし, ブラームスも彼の好みに従って修正したようであり, ケラー版と言うよりむしろケラー/ブラームス版と呼ぶ方が正確かもしれない. その点からすると, Simrock版, Schirmer版はともにブラームスの貢献を書き落としている, とも言える.
なお, オリジナルのケラー譜は散逸しており, 出版されたケラー/ブラームス版と比較できないことがつくづく残念である.
クララ・シューマンはブラームスの第3交響曲がケラーによる編曲で出版されることに不満を漏らしている.「あなたの作品をあなたのように、編曲できる人は他にいないのです。そのためにどんなに喜びが失われることでしょう」(1884年12月2日付けのブラームス宛の手紙. 原田光子訳) とは言え, 上記のようにこの編曲譜の作成にはブラームス自身が関与し, 彼が許可を出した上で出版されているのだから, 現代の我々としてはこの楽譜に満足すべきであろう.

参考文献
本記事の内容はR. Pascallの研究に基づくものである.
IMSLP 'Symphony No.3, Op.90 (Brahms, Johannes)'
・音楽の友社「ブラームス 交響曲第3番」OGT 2113 (2005)
・G. Henle Verlag 'Brahms Symphonie Nr.3' HN 9855 (2006)
・G. Henle Verlag 'Brahms Simphonien Nr.3 und 4, Arrangement für Klavier yu vier Händen' HN 1199 (2013)

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